M  Y  S  T  E  R  Y    L  E  A  G  U  E


anonymous
1 匿名の、変名の、仮名の
2 姓名不明の、作者不詳の
3 世に知られていない
輪廻する
怪奇幻想ミステリー

野崎六助

『アノニマス』

四六判上製本
444頁
2100
円(税込)

小説教室講師覗木毒助は生徒たちに生き残りを賭けた
作者不詳(アノニマス)<Qームを仕掛け、
生徒たちは噂で覗木にゆさぶりをかけ、
黒い影(アノニマス)が周囲をうろつく。
すべては三十年前の出来事から始まっていたのか?
生き残るのは講師か生徒か。
――そんななか、一人の生徒が覗木の目前で墜死を遂げた。


本文から少しだけ

 ぼくは無駄話もここまでといったふうに両手をおろす。すわって口を閉じろ。
 講師の席について、言葉を改めた。
「あー。今日からクラスは新しいシーズンを迎える。継続の人も新規の人も条件に関しては同じだと注意しておこう。初めて講師の授業を受けたさいの感動をいまいちど思いおこしてもらいたい。言うまでもないことだが、この教室はホラー小説を書くことを第一義の目的としている。雑念の入る余地はない。道は遠く険しい。川は流れる、お城はそびえる、時は去る。去る時は二度と取りもどせない。後悔なきようにこの日をつかめ。つかむのはきみたちだ。きみたちの黄金の日々は今だ。このステージから真剣勝負を始める。今期のテーマは生か死かだ。どんな意味にしろ、中間はない。ルールをこれから述べる」
 ふっと息を吐き出す。思ったより緊張している。さっきかきこんできたスパゲティ・ペペロンチーノのおくびがおぷっと、ガス圧になって喉頭をふさぐのを少しずつ口のはしから抜く。ゆっくりと一人ひとりの顔をまわし見た。端から順繰りに焦点を合わせていき、一巡すると逆向けに、また視線をもどしていった。向かって右端にいる絵羽仁芹太から始まり、左端の恋田慈音のところで折り返して、また絵羽仁芹太までいたる。反応は鈍いともいえ、だれの顔にもすぐには表われてこない。しばし考える時間は与えよう。
「ルールはかんたんだ。講師のほうからきみたちにひとつ出題する。一人あてにひとつのテーマを与える。これだ」ぼくは人数分の封筒を示した。
「テーマはそれぞれホラーの定番ともいえるオーソドックスなものだ。たとえばそこにピグマリオンと記されていたとする。その題目を与えられた者は、ピグマリオンについて書かれた古典ホラー作品を選ぶのだ。選定は奇をてらわないこと。標準仕様でよろしい。だれでも知っている作品だから遠慮しておこうとか、その種の気遣いは無用だ。むしろだれでも知っていそうな作品を選んでもらいたいということだ。これは例題だから回答もついでに示しておこう。ピグマリオン・テーマでは、江戸川乱歩の『押絵と旅する男』とか、テオドール・ホフマンの『砂男』とか、グスタフ・マイリンクの『壜の上の男』とかを思いつく。そこからひとつ選ぶのだ。くりかえすが、選定でこちらを感心させる必要はない。標準的な有名な作品でいい」
 ぼくはふたたびそこで言葉を切って、一同の頭に内容がしみとおるのを待った。
「古典作品を選ぶ。それが第一段階だ。その次には、選んだ古典をベースにして、それにインスパイアされた作品を書きなさい。これは本歌取りといわれている試みと同じだ。どんなホラー小説でも単独に形づくられるものではない――いつも講師が言っていることを思い出したまえ。人間の精神にとって恐怖は本源的な感情だ。恐怖をかきたてる物語には幾本もの明白な系統樹がある。それを探ることが第一段階だ。次には、探った内実をきみたちの実作行為によってたどり直すことが第二段階となる。めざすのは、古典とのインプロヴィゼイションだ。その過程を通して、きみたちにはホラー作家とは何者であるかという恐ろしい真実を実践的につかみ取ってもらいたい。ルール説明は以上だ」
 窓の外には春の雨がつづいていた。今日の雨は何色になるのだろう。灰色といえば、あまりにありふれている。青みがかったグレイ、あるいは灰色がかったブルー。ひとことであてはまる言葉が何かあったろうか。奥行きが深いけれど、深いだけで、ごく単調な色合いだ。退屈しごくなのに、なにかひどく物狂わしいところのある暗い色の雨。春は例年のように、こんな雨の日を二日か三日も連ねて、やがては踏みにじられるように終わっていく。ずっと見渡せるアーカム・シティの彼方まで、窓の景色は、雨に降り閉じられていた。
 ぼくはおおむね説明に満足していた。表向きはしっかり理屈が通っている。文句のつけようはあるまい。