M  Y  S  T  E  R  Y    L  E  A  G  U  E


本格探偵小説の粋を尽くし
贅を凝らした逸品

芦辺 拓

『グラン・ギニョール城』

四六判上製本
320頁
1785円(税込)

ちょっと待って

グラン・ギニョール城に集った老若男女は、所有者の親族と友人、知人たち。
それぞれが腹にいちもつを抱えているかのように、
アマチュア探偵ナイジェルソープには映っていた。
そこへ突如としてあらわれた謎の中国人、そしてやがて雷鳴とともに事件が……。
いっぽう、ところかわって森江春策は、
たまたま乗り合わせた列車内で起こった怪死事件に巻き込まれていた。
被害者は息を引き取る直前、たしかに言ったのだ。
「グラン・ギニョール城の謎を解いて……」と。
森江はわずかなヒントと手がかりをもとに、
やがて導き出されたグラン・ギニョール城へと向かうことになるのだが……。
これぞ純度100パーセント、本格探偵小説!


本文から少しだけ


 どうしたんだろう? と森江が首を伸ばすのと、男が彼のいる席を行き過ぎるのがほぼ同時だった。つられて森江は頭をめぐらしたが、そのとたん、
(危ない!)
 彼は心に叫ぶと、思わず腰を浮かした。男の黒ずくめの後ろ姿が、にわかに大きくバランス失したかと思うと、そのまま斜めに倒れ込んでしまった。かろうじて体を支えようと手をのばしたものの、ひどくのろのろした動きで、むなしく空をつかんだだけだった。
 ひどい音とともに、男の体は森江から数席先の床にたたきつけられた。続いてバラバラと何かが散らばるような音。森江があわてて立ち上がろうとしたとき、背後から甲高い悲鳴が聞こえた。
 あわてて振り返ると、すらりとした体を制服に包み、頭にはかわいらしい帽子をのっけた女性が、口元を覆って立ちつくしていた。〈ラピート〉内にあって乗客の案内を担当するパッセンジャー・アテンダントだった。
「医者を! 終着駅にすぐ連絡してください」
 森江はとっさに叫んだ。そのあと一瞬の間をおいて、
「は、はい!」
 パッセンジャー・アテンダントは、われに返ったように答えると、あたふたと来た道を駆け戻った。たぶん、そちらに連絡用の電話があるのだろう。
 彼女の姿を見送ると、森江は男が倒れ伏した地点に駆け寄った。長髪の下からのぞいた横顔はさっきよりいっそう蒼ざめ、みるみる生気を失ってゆくように見えた。
「大丈夫ですか、しっかり! もうすぐ医者が来ますよ」
 呼びかけながら、急いでその場に身をかがめた。こういう場合、とっさに抱き起こしたり揺すぶったりしていいものだろうか。じっと目を凝らしたが、体はぴくりとも動こうともせず、ことによると呼吸をしていないのではないかと疑われた。
(これは、ひょっとして……)
 手遅れかな、とつぶやきかけて、あわててかぶりを振った。とにかく相手の意識を呼び戻そうと顔を近づけたとき、予期しないことが起こった。男が床に密着させていた顔面をゆっくりとずらし始めたかと思うと、苦悶のためか奇妙にゆがんだ口から、
「や、く……」
 荒い息づかいとともにこんな言葉をもらしたのだ。
「えっ、何ですって?」
 森江は大声で聞き返した。男はそれが聞こえたのか聞こえなかったのか、さらに息を絞り出すようにしながら、

(中略)

 それに応えるかのように、男はかすかにうなずいた。すると少なくともこちらの意思は通じたらしい。にもかかわらず、続いて男の口からもれたのは、さらに訳のわからない言葉だった。
「グラン……ギ……」
「え? もう一度――」
 森江は気の毒に思いつつも、聞き返した。すると、男は声を絞り出すようにしながらも、はっきりとした発音で、
「グラン……グラン・ギニョール……」
(グラン・ギニョールだって!?)
 森江はその瞬間、相手の容態も忘れてつぶやいた。雑学の徒である彼にとってこそ未知ではなかったものの、およそ日本人の会話にヒョイと出る単語とは思えなかった。まして、それが瀕死の人間である場合には。
「いったい何のことです? グラン・ギニョールがどないしたんですか。それをどうせよと……しっかりしてください、ほら!」
 相手の意識を遠のかすまいとして、森江は男を問いつめた。すると相手はややあって、
「グラン・ギニョール……じょうの……」
 ぎりぎりと首をねじ向けると、森江が一瞬たじろぐほど必死な目で見つめ返しながら、
「な、謎を……解い、て……」