M  Y  S  T  E  R  Y    L  E  A  G  U  E


「天外消失」の奇才による
マジックとトリックの
華麗なる綱渡り !
ファン待望の邦訳!

クレイトン・ロースン 白須清美訳

『虚空から現れた死』

四六判上製本
296頁
2520
円(税込)

地上五階分、閉められていた窓は大きく開き、
コウモリが空へと羽ばたいていき、部屋にいた若い女性は、
「コウモリの鳥小屋……」と言い残して死んだ。
彼女の喉に、小さな赤い傷が残された。
コウモリが殺したとしか考えられない状況に
疑いの目はドン・ディアボロにおよぶ。
すべてを明らかにするために、ディアボロは虚空へ消えた……。
黄金時代の魔術師クレイトン・ロースンがおくる
もうひとりのマジシャン探偵<hン・ディアボロ登場!


本文から少しだけ


 立っていた若い娘は、平凡でもありきたりでもなかった。美女といえばアーモンド形の目にオリーヴ色の肌という東洋趣味のチャンにさえ、それがわかった。しかも彼女は素早かった。チャンが止める間もなく、彼女は怯えた目で背後の廊下をちらりと見ると、部屋に入ってドアを閉めた。
 チャンが首を振った。「ドン・ディアボロは着替え中です。ここへは入れません」そして、ドアをもう一度開けようとした。
 彼女はその前に立ちはだかった。「すぐにお目にかかりたいの」その声は、すがるようで、頑固で、震えていた。
 チャンは愛想よく、だが断固とした態度で、笑いを浮かべた。それもまた――うまくいかなかった。チャンがドアノブに手をかけると、彼女はハンドバッグから銃を出したのだ。
「ドアから離れなさい! すぐに会いたいといったでしょう。早く」
 チャンにはその声が、小さくてずんぐりしたオートマチックの銃口から聞こえてくるような気がした。
 彼は一瞬、立ちすくんだ。目では銃までの距離と、持ち主の女性の腕前を測っていた。そして、彼は退くことにした。この世の中で、怯えた女性が手にする弾を込めた銃ほど予測のつかないものはない。そう判断したチャンは、外交手段を使うことにした。
「かしこまりました。ミスター・ディアボロは喜んでお会いになるでしょう。少しお待ちを」
 そういいながら奥の楽屋に向かい、素早く中に入って鍵をかけた。
 顔を上げたニックは、チャンが差し錠をかけるのを見ていった。
「集金人か?」
 チャンはいった。
「次の出し物は弾丸受け止めの芸になりそうですよ。とびきりの美女(ドール)が来ています」(チャンの趣味は、アメリカの俗語を集めることだった)
「しかし、どうも頭がいかれてる(バット・イン・ザ・スティープル)ようです。ここに電話があれば、サナトリウムに連絡できるのですが」
 ニックは目をしばたたかせた。
「どうも話についていけないな。最初から、もう一度いってくれないか――ゆっくりとね。何があったんだ?」
「若い女性が来ているんです。青い目の、凶暴な顔の。銃を持っています。ドアの隙(すき)間(ま)から、サインでもやったほうがいいですよ。ひょっとしたら……」
「知らない娘(ストレンジャー)か?」ニックが訊(き)いた。
「実に変わってます(ストレンジ)」チャンがうなずいた。
 奇術師はチャンからドアに視線を移した。何やら面白いことになりそうだった。彼はドレスシャツに手を伸ばし、それを着た。
「ズボンを取ってくれ、チャン。着替えをしておいたほうがよさそうだ。新聞に写真が載ることになるかもしれないからな」
 少年はディアボロに、舞台用の真っ赤なズボンを渡した。
「このチャンがうっかりしていて、申し訳ありません。銃を持ったアメリカ女のことは知らなかったもので。アメリカはインドよりもずっとおかしな国ですね」
 ディアボロはにやりとした。
「ウッディが聞いたら喜ぶだろうな。彼のコラムのためにあつらえたような出来事だ。女性ファン、奇術師を銃で脅してサインを入手。ディアボロはイスパノ・スイザの装甲車購入を検討。陸軍長官チャン、ひと冬分の手榴弾を買いだめす……」
 ニックは、ふと言葉を切った。
 鍵のかかった楽屋のすぐ外で、小さく、奇妙な物音がした――聞き慣れない、引っかくような、跳ねるような音だ。それはドアの外の、高いところから聞こえた――ひどく高いところだ。ディアボロは眉をひそめ、素早く差し錠を外して、ドアを少し開けた。
 そこから入ってきたものに、彼もチャンも信じられない思いだった。この時、この場所に飛び込んでくるには、カモノハシや火星人よりも意外なものだった。二人の目の前で、黒い、不恰好な影が、ギザギザの羽をはばたかせ、天井のすぐ下を不規則な動きで飛んでいった。開いた衣裳だんすのコート掛けに止まり、さかさまにぶら下がるまでもなく、それが幻でも何でもない、一フィートの茶色い毛皮を持ったコウモリだとわかった!
 ニックはチャンを見た。いたずらに成功してほくそ笑んでいるのを半ば予期していたのだが、彼はアーモンド形の目を見開き、東洋人らしい泰然自若とした態度はつくろいようもないほど壊れていた。
「頭がいかれている(バット・イン・ザ・スティープル)」という英語のいい回しが、文字通りの意味だとは知らなかったのだろう。
 驚きのあまり、一瞬何も考えられなくなっていた頭が、ようやくゆっくりと動き始めた。ニックはなぜ外の部屋がこんなにも静かなのか、そして、なぜあの女性がこれほど奇妙な光景を見て悲鳴をあげなかったのかと考えた。
 彼は部屋を出た。
 そして目にしたものは、半ダースのコウモリが突然姿を現したよりも驚くべき光景だった。