M  Y  S  T  E  R  Y    L  E  A  G  U  E



お首のゆくえは
誰ぞ知る……

三津田信三
『首無(くびなし)の如き祟るもの』

四六判上製本
448頁
1995円(税込)

奥多摩に代々続く秘守家の「婚舎の集い」。
二十三歳になった当主の長男・長寿郎が、三人の花嫁候補のなかからひとりを選ぶ儀式である。
その儀式の最中、候補のひとりが首無し死体で発見された。
犯人は現場から消えた長寿郎なのか? 
しかし逃げた形跡はどこにも見つからない。
一族の跡目争いもからんで混乱が続くなか、そこへ第二、第三の犠牲者が、
いずれも首無し死体で見つかる。
古く伝わる淡首様の祟りなのか、
それとも十年前に井戸に打ち棄てられて死んでいた長寿郎の双子の妹の怨念なのか──。


本文から少しだけ

 
 さて、本稿は今回の「はじめに」を連載の第一回とし、二回目は幾多斧高の視点で描く「第一章」と高屋敷元の視点となる「第二章」を合わせて、三回目も二人の章を一つずつ……という具合に二章分を連載の一回分として発表してゆき、後は必要に応じて「幕間」だけの章を設ける構成を取りたいと考えております。執筆してから読者の皆様の目に触れるまで、ほぼ二カ月という間が開きますが、本稿の場合はその時間差がとても好ましいように思われます。
 なぜなら、この『媛首山の惨劇』を記す目的が、一守家に降り掛かった戦中と戦後の怪事件の真相を解明することにあるからです。小説の形式で事件を再構成するとはいえ、飽くまでも現実に起こった未解決事件に取り組むわけですから、結末に於いて必ずしも読者の皆様に満足して頂ける真相をご提示できるかどうか、情けない話ですが今のところ何とも申し上げられません。最悪の場合、事件を記録に留めたという事実だけが残る可能性もあります。そこで読者の皆様にも、是非この謎解きにご参加を賜りたく存じます。先述のように執筆から雑誌掲載まで間がありますため、連載中お考えになる時間は充分にございます。また適当な時期に、その旨をお伝え致しますので、どうぞご承知おき下さいますよう、予めお願い申し上げます。
 それと些末なことかもしれませんが、方言の扱いについてお断りしておきます。当初は各人の話した言葉をそのまま再現するつもりでしたが、やはりそれでは意味の通じ憎い部分が多々出て参りますため、基本的には標準語に改めることにしました。ただ、全ての会話をそうしてしまいますと、個々の人物の個性まで均一化される恐れがあります。そこで私の独断ですが、それぞれの人物像に合った喋り方を用いることにしました。それらが飽くまでも私の個人的な印象であることを、どうかお含みおき下さい。
 なお現在、事件関係者の多くは他界していらっしゃるか、あるいは余所へと移ったかしておられるようです。それでも私は、曾て北守駐在所の巡査だった高屋敷元の妻が、今一度この地に戻って来ていることを村の人々には伏せております。貸家を探すに当たっては都会の不動産屋に仲介を頼み、なるべく村外れの物件をと注文を出しておきました。その甲斐あって私の正体を知られることなく、独り暮らしには適当な裏庭付きの家に引っ越すことができました。有らぬ詮索を受けるのを避けるため、移って来たのは厭人癖のある偏屈な物書きらしいという噂も、不動産屋には事前に流して貰っています。そのための演出と執筆の気分転換、それに少しでも自給ができるように、裏庭を耕して畑でも作ろうかと考えております。
 このようなご説明を致しますと、ちょっと待て、こんな連載をはじめてしまっては、そういった苦労も水の泡ではないのか──と、読者の皆様は仰るかもしれません。けれども、恐らくは大丈夫なのです。曾て媛之森妙元の筆名を用いたとはいえ、私が媛首村に伝わる数多の伝承を題材に創作活動をしていたにも拘わらず、そのことに村の誰一人として気付かなかったのですから。後は読者の皆々様に、この連載が終了するまでの間、何ら騒がれることなく静かに見守って頂きますよう、伏してお願いをするばかりです。
 余りにも前置きが長くなってしまいました。
 それでは媛首村を舞台に、まず一守家の十三夜参りに於いて四重の密室が形成されていたと思われる媛首山の中で起きた奇っ怪な戦時中の事件と、次いで二十三夜参りの三日後に起こった不可解な首無し殺人事件に端を発した恐るべき戦後の事件の世界へ──
 いえ、その前に、〈探偵小説の鬼〉と呼ばれる一部の読者の皆様に対して、一言だけ申し上げておきたいと思います。
 本稿が〈私=高屋敷妙子〉の一人称を取らなかったことを鑑み、そこから実は一連の事件の真犯人が私自身ではないのかと疑われるのは、完全な徒労であり間違いでありますと、老婆心ながら最初にお知らせしておきます。
 では、悍ましくも私にとっては何処か懐かしい、物語の世界へどうぞ……
          とある昭和の年の神無月に
              媛之森妙元こと高屋敷妙子記す(敬愛する東城雅哉氏の記述に倣って)