M  Y  S  T  E  R  Y    L  E  A  G  U  E



「庭に、死体が埋まっている。
それを天使が祝福している――」
妖美な旋律
戦慄の仕掛けが交錯する
長編本格ゴシック・ミステリー

倉阪鬼一郎
『冥【くら】い天使のための音楽』

四六判上製本
280頁
1680円(税込)

再び指揮者がヴァイオリンを弾きはじめる。
照明はさらに暗く、遠近法が微妙に狂いだす。
後ろに控えるコンサート・ミストレスの姿が紙のように薄くなる。
音楽は技巧的なカデンツァになる。
長い髪が揺れ、弾き振りをする指揮者の顔に纏わりつく。
だが、その顔はまだ朧げにしか見えない。
尖塔をいただく館、庭に埋められた屍体、十三楽章。
鬼才が解き放つ書き下ろし本格ゴシック・ミステリー!


本文から少しだけ


 館の塔。
 その側面を月光が照らしている。
 絡み合う蔦はここまで届かない。その先端が風に顫え、塔の壁を仰ぐ。頂上の天使に救いを求めるかのように。
 坂の上の館は凝然としている。長い石造りの塀の内側で何が行われているか、誰も知らない。
 館の扉は開かない。ト音記号それ自体は何の音も奏でない。
 半楕円の窓に人影は映らない。灯りだけがともっている。
 塔の壁を黒い虫が這う。急に風が強くなった。微細な点のようなものは庭に落ち、闇に紛れる。
 その暗い庭で音が響く。単調に、だが着実に響き続ける。
 腕が動く。表面に汗が浮かぶ。
 鈍い銀色の道具が大地に刺さる。庭の土が掘り起こされる。土に土が重なる。黒いものは少しずつ堆くなっていく。
 穴ができる。
 誰も知らない墓所ができる。
 その隣に、忘れられたような一角がある。そこには屍体が埋まっている。すでに埋められて久しい。
 木が植えられている。最初は苗木だったものはわずかに育ち、尖った小さな葉を茂らせている。
 月光が濃くなる。過去と現在、二つの墓所を盗み見るように照らす。葉の先端が月あかりを受けて光る。ふる、と風に顫える。何かを告げるかのように。
 館の庭で、作業は粛々と進む。汗が滴り落ちる。
 やがて、墓所が完成する。
 音が止む。
 女が引きずられていく。天使になれなかった者が暗い庭を這う。
 ドサリ……。
 重い音が響く。鈍い銀色の道具が再び動きはじめる。
 土が移動する。目をいっぱいに見開いた女の顔を覆う。
 窓の灯りはついたままだ。風に煽られ、ワインレッドのカーテンが揺らぐ。
 深夜の作業は続く。
 蔦の絡まる館の壁を月光が照らす。
 塔の頂上から、爛れた顔の天使がすべてを見下ろしていた。