M  Y  S  T  E  R  Y    L  E  A  G  U  E


窓からのぞく巨人の顔、
残された足跡、
屋根の上の死体――。
御手洗とホームズの推理が火花を散らす!

柄刀 一

『御手洗潔対シャーロック・ホームズ』

四六判上製本
380頁
1890円(税込)

シャーロック・ホームズは現在≠ノよみがえり、かの地で御手洗潔とあいまみえた。
御手洗と石岡の目前で咆吼と巨大な足跡を残していった巨人、
ホームズとワトスンのいる二階の窓から覗いていた巨人、
そして屋根の上に載せられていた死体……。
不可解で巨大な謎が押し寄せるなか、御手洗とホームズの推理対決≠フ先に見えた真相とは――。
対決編「巨人幻想」250枚のほか、御手洗とホームズが活躍する各2編を収録。
本格ミステリ界の魔術師&ソ刀一が贈る壮大なパスティーシュ作品集!


本文から少しだけ


「御手洗さんの調査力には感服しますし、手伝わせてもらってこんなうれしいことはありませんよ」
 飯橋が、ありがとうございます、と口にした時だった。
 外で、なにかの異変が起こった。
 なに、とははっきり断言できない。異変のきっかけを最初に知らせたのは音だろうか。奇妙な物音が、私たちの耳を引き寄せたのだと思う。
 短い轟き。大気の震動。発した者の大きさを窺い知ることがむずかしい咆哮のような……。天も地も揺るがすような咆哮である。巨大ななにかを殴りつけたとも聞こえなくはない。
 五人は感想も意見も口にせず、しんとしている。
 十秒、二十秒……。
 しばらくすると、それは遠くから聞こえてきた。樹木の枝をバキバキとへし折り、幹を軋ませるかのような音……。
 それに続くのは、気配だ。なにか巨大なものが接近してくる、ただならぬ気配。ゴオンと身振りをし、ワッと濃霧を掻き分けるような気配。一度聞こえなくなっていた荒々しい音が、また響く。明らかに、先ほどよりは接近した場所で。
 バキバキと樹木をなぎ倒したそれは、次の一歩でまた地響きを立てる。
 歩行のリズムだった。私の席からだと、右側からその足音はやって来ている。尋常ではない、巨大な足音が。
 さらに迫り来る一歩が、石畳みを砕く音さえ立てて屋敷のすぐそばで炸裂した。
 誰もが危機を感じて席を立ち、マーサ夫人が悲鳴をあげる。
 踏みつぶされる!
 天井がなだれ落ちてくる光景を想像して、私は身をすくませた。
 しかし幸い、巨人の足は窓のすぐ外を通りすぎたようだった。高い窓をすっかり覆って、巨大な影が横切ったのだ。例えれば、左側から踵が振りおろされた感じだった。
「おおっ!」ルパートが神に救いを求めるかのような叫びをあげた。
 飯橋は飛び出さんばかりの目をして凍りつき、椅子の背を握り締めている。私はそれに加えて、腰を引くような格好もしているかもしれない。
 ズーン!! と腹の底に響く衝撃が地面を揺する。
 窓の外にある乳白色の濃い霧が、巨大で長い足の動きの余波で、渦を描いて乱れていた。
 少し間をあけた次の一歩は、当然、窓の左側から轟いてきた。明らかに庭木を踏みにじる音だった。バギンッ! と破裂音をさせて幹が折れ、砕ける。
 遠ざかっていく次の一歩も、ワサワサと繁みを掻き分ける音を立てていた。
 さらに遠のく音……。
 恐怖の対象以外のなにものでもなかった巨大な歩行者は、異様に深まった静寂を残して通りすぎて行った。
 空気が凍ったかのように、誰も身動き一つしなかった。
 窓の外には、現実も虚構もすべて含めて覆い隠すような、濃密な霧……。
 当然ながら私は、渓谷沿いの道で見た巨人の人影と今の現象を頭の中で結びつけていた。もはや誰も、錯覚だ、の一言では片付けられないだろう。
 なにかがいる! 普通ではないものが。
 私は心底ぞっとした。人を踏みつぶせるであろう、その巨大で重い、歩く者に対して。恐れが総毛を逆立てていた。
 何分がすぎた頃だろう、御手洗が言いだした。
「外の様子を確認してみましょう」
 正気の提案とは思えなかったが、
「ほら、石岡君。なにをしているんだ、行くぞ」
 と、彼は私の目を見据えて動き始めている。いくぶん苛立たしげに、
「僕たちは多少なりともこの手の怪異には慣れているだろう。経験を生かして、少しは冷静な観察者になってもいいと思うがね」
 怪異に慣れているんですか? と目を剥いて驚く飯橋が私を見つめている。慣れているほどではないと思うぞ、御手洗。
 それでも御手洗に尻を叩かれた私は、彼の後に従ったし、それは全員が同じことだった。