M  Y  S  T  E  R  Y    L  E  A  G  U  E


亀はのろい、
呪いは怖い、
怖いは見立てでどんでん返し
不可解状況の混沌からあぶり出された
「真実」はひっくりかえる≠フか!

霞 流一

『呪い亀』

四六判上製本
320頁
18
90円(税込)

新規オープンを間近に控えた映画館のオーナー、那須福太郎。
彼の周囲に相次いで不吉なことが起きているという。
この連続不吉事件≠フ解決に担ぎ出された私立探偵紅門福助だったが、
それが合図になったかのように事態は連続殺人の様相を帯びてきた。
カメの甲羅にまたがった死体、亀の密室≠フ焼死体……繰り返されるカメの見立て。
さらに夜の町を疾走する老人、衆人環視の人間消失など次々に繰り出される謎また謎。
そしてすべての謎がカメのごとくひっくり返されたときに……


本文から少しだけ


 携帯電話で連絡してから十五分ほどで、警察の関係者たちは到着した。
 異様な現場であった。死体は家主の平泉正俊。壁に背をもたれかけるようして座っている。それも亀の上に座っているのだった。もちろん生きた亀ではない。剥製の海亀で、頭から尻尾まで一メートル以上はある大きなものだった。それにまたがるような格好で死体は乗っていたのだ。
 そして、その周囲には鼈甲細工が置かれていた。黄金色と見まがうような鮮やかな飴色の品々。かんざしが五本、五重塔、鶏像、イセエビ像、それに箪笥型の小物入れ、それらが、亀に乗った死体をぐるりと囲んでいた。
 死体は左の肩甲骨の下あたりに刺し傷があり、出血で黄色いセーターが赤黒く染められていた。
「どう見ても他殺だよな」
 白亀金太郎が顔を歪めて呟いた。俺が契約している「紅白探偵社」の所長である。警察の次に電話したのがこの男のオフィスであった。出社したと同時にいきなり呼び出されて機嫌があんまりよろしくない。銀縁の眼鏡を人差し指で押し上げ、細面を歪めると、
「やだねえ、よりによってカメかよ。俺の名前に引っかかってくる。ああ、気分悪い」
「カメさん。それはどうか解らないぜ。死体が海亀に乗っているだけじゃないか」
「おい、クモスケ、それだけじゃないんだよ。カメがらみのことは」
 クモスケとは、俺、紅門福助を省略した呼び方だ。こんな言い方をするのは白亀金太郎だけである。
 俺はカメのように首を前に伸ばし、
「え、海亀の剥製だけじゃないって」
「ほら、鼈甲細工、あれの材料は海亀の甲羅だよ。だからカメだらけで気分悪いっていうんだ」
 俺は改めて現場を見渡した。
 既に平泉の遺体は部屋の隅に置かれて検視官の調査を受けていた。その死体が乗っていた海亀の剥製と周囲に鼈甲細工が七つ並んでいる。
  カメは万年と昔から言われ、長生きの象徴とされてきた。だから、カメだらけで、ある意味では縁起がよい。しかし、死体がある以上は不吉の場である。これは、何か死者を弔う祭祀の形なのだろうか。鑑識が放つカメラのフラッシュがよけいに儀式めいた演出に見えてくる。捜査に取り組んでいる刑事たちは宮司といったところか。
 刑事の一人が近寄ってきて、
「白亀さん、今回の死体発見者はあんたのところの人間だそうだな」
 さっき、三十分ばかり、俺を取り調べた刑事である。鼻緒を水平に置いた下駄みたいな四角い顔立ちが特徴的だ。
 鶴見警部といった。白亀が紹介の役を務めてくれた。というのも、白亀は以前は警視庁の刑事だったので、各署に知り合いが多かったのである。ちなみ、私の前身はテレビ局の記者。それで白亀と知り合うようになり、探偵事務所を立ち上げることになった。その後、さらに俺は独立し、契約の探偵となったわけである。俺自身もそんな経緯で警察関係に知り合いが多いが、やはり、白亀は警視庁出身ということがあって顔が効くのである。
 白亀は横目で珍妙な死体を見ながら、
「やっぱり、他殺だよな」
 鶴見警部が神妙な顔で頷き、
「ああ、どう見てもそうだし、検視官もそう言っている。刺殺だ。頭を殴って気絶させた後、背後から心臓の辺りを刃物でグッサリというところさ」
「深夜か?」
「今のところ、未明といったところか。だいたい、午前二時から四時の間くらい。紅門さんの発見が早かったので助かったよ」
 俺は小さく頭を下げると、
「いや、十時には看護婦が来ていたはずだから、たまたま、俺が三十分くらいだけ早かっただけですよ」
 白亀が廊下の方を見て、
「それにしても、ホトケとなった平泉というのは独身だったんだな。医者だからこんなに大きな家に住んでいたけど、家族もいないからもったいないよな」
 鶴見警部が大きく頷いて同意を示し、
「家族がいないから、犯人も簡単に犯行に及ぶことが出来た。深夜の二時から四時では、アリバイの持てる奴なんかいないし、困ったもんだよ」
「金が有り余っていたんだろうな」
「しかし、金目当ての殺人ではないようだ。簡単に持ちされる金品を置いたままだ」
 俺は素朴な疑問を口にする。
「平泉はありあまっている金を何に使っていたんだろう」
 警部が床を指差して、
「あれ、鼈甲細工、自分でこしらえるのが趣味だったみたいだ。それに、二階にはフクロウやカラスとかの剥製が数体あったけど、コレクションの趣味があったみたいだ。ウミガメの剥製もその一つだろう」
「趣味といえばな、平泉には変わった趣味があったようだぞ」
 俺と白亀は声を揃えて、
「変わった趣味?」
「ああ、ちょっと変な趣味、それはピアスだ」
 そう言って、警部は何だか痛そうに顔を歪めた。