M  Y  S  T  E  R  Y    L  E  A  G  U  E


真犯人勤野麻衣子は
犯行直後、 なぜか
被害者の食べ残したピザを
たいらげてしまう――

津原泰水

『ルピナス探偵団の当惑』

四六判上製本
310頁
1680
円(税込)

どうして殺人を犯した直後に被害者に食べ残したピザなんかを食べていったのだろうか、
どうして血文字のダイイング・メッセージ(らしい)はわざわざ鏡文字になっていたのか、
そしてどうして死体から腕だけを無理して盗んだのか。
私たち女高生はほかにすることがいっぱいあるというのに、
こうして事件に巻き込まれていくのだ。


本文から少しだけ

 犯人は意外ではなかった。
 その夜、教創社の編集者勤野麻衣子は、エッセイスト岩下瑞穂のマンションを訪れ、彼女の次作についての打合せをおこなった。用件を終えた麻衣子はマンションをあとにし、吉祥寺駅前のカフェテリアで食事。その最中に意を決し瑞穂のマンションへと引き返した。
 麻衣子は下駄箱の上にあった置物で瑞穂の頭部を殴り、殺害。部屋にあがり翌日になってから暖房が効きはじめるようエアコンのタイマーを設定すると、瑞穂の仕事机の上にあったピザを食べ、会社に戻った。
 部屋のドアはオートロック。翌日、合鍵を持った瑞穂の恋人が部屋を訪ねてきて、玄関に倒れ息絶えている彼女を発見した。警察の嫌疑は前日瑞穂と会っていた麻衣子にも向かったけれど、決め手となるような物的証拠はなく、目撃者も見つかっていない。
 ――そういう事件だ。私こと吾魚彩子がまだ私立ルピナス学園の生徒だった、二〇世紀の黄昏の、ある晩秋の夜の。


     消えた最後の晩餐


 クラブ活動を持たない生徒がどっと下校していったあとの奇妙に静まり返った前庭に、私たちは祀島龍彦くんを見出した。
 キリエが細い腕をこまねき、「安心して玉砕してこい。骨は拾ってやる」
「肩の力を抜いて、手と足は交互にね」摩耶が背中を叩いてきた。
 私は手紙を胸に構えた。祀島くんは塀ぎわの植込みの前に佇み、なにかをじっと見つめている。
「待ってて」と云って校舎を出たが、何歩も進まぬうちに膝がわらいはじめた。ほかの男子らとどこといって違わないはずのブルーグレイの学生服が、彼だと思うと珍鳥の羽毛のように眩しい。動悸がし、歩き方は無茶苦茶になった。
 気配に、祀島くんがふり向く。頭のなかが白くなった。
「祀島くん」声がひっくり返る。「私はE組の吾魚彩子です」
「知ってるよ。何度も話したことあるし」
「そうでした。何を見てるの」
「ユッカが満開だなと思って」
 植込みの奥まったところ、人の頭ほどの高さに、クリーム色の花々がひとかたまりになって浮かんでいる――と見えるのは、それを支えている茎がひどく細いからだ。茎の下方にはパイナップルの頭を巨大にしたような、大きく鋭い葉の集まりがある。
 ユッカという名だったか。
「変わった鈴蘭だなと思ってました」
「キミガヨ蘭ともいうけど」
「蘭なんですか」
「鈴蘭はユリ科。ユッカはリュウゼツラン科」
 ――祀島くんの博覧強記ぶりをわがことのように自慢していて、虫の居所が悪かったキリエからさんざんに罵られたことがある。「雑学! しょせん雑学! 益体もない知識へのフェティシズムさ。虻が変な花に集まるのと変わんない。彩子あんた、虻の肢に付いた花粉をありがたがってるんだぜ」
 一理あるので反論しなかった。そのうちキリエのほうで勝手に反省して詫びてきた。
 祀島くんはユッカに視線を返した。一緒に花を眺めている素振りで、その色白な横顔を盜み見る。直線的な鼻筋と逆さぎみの長い睫毛。ふわりと額に下がった前髪同様、彼の物腰は柔らかく、誰に対しても礼儀正しい。怒ったところというのが想像できない。
「あ、いきなりいた」
 近場で、よく知った声が――と思うや後ろから肩をつかんで引っ張られた。香水臭に咳きこみかける。
「彩子、ちょっと一緒に」赤々と塗られた唇が、にやと歪む。ソバージュヘアで私の視界の大半を占拠している高級水商売風のこの女は、名を吾魚不二子という。
 慌てて手紙を後ろ手にした。
「あら――ひょっとして祀島くん? お噂はかねがね」不二子は愛想よく会釈し、「彩子の姉の不二子、二十四歳独身です。どんな仕事の人に見える?」
「お姉ちゃん」肩をぶつけて彼から遠ざけた。
「何すんの、この子は」
「学校に来ないでっていつも云ってる。それから噂してるなんて云わないでよ、恥ずかしい。さらに年齡も違う」本当は二十七歳だ。
「細かいことを。ただの挨拶じゃない。それに保護者なんだから迎えにくらい来るわよ」
「お姉ちゃん怪しいんだもん。そうじゃなくても目立つのに、パトカーで来たり警察手帳見せびらかしたり。私、お姉ちゃんが来るたびに後でシスターから尋問受けてる」
「国家権力に白い目向けてたら、宗教弾圧するよと云っておやり」
 地方公務員じゃん、と呟く。
「ちょっと外の喫茶店まで付き合って。庚午くんが待ってるから。見せたいものがあるの」
 眉をひそめた。そして「私は見たくない。また現場の写真でしょう」
「ちらっと見て意見を聞かせてくれればいいの。時間は取らせないから」
「私の意見なんかどうでもいいじゃない、お姉ちゃんも庚午さんもプロなんだから」
「あんたこないだ密室の謎をぱぱっと解いて見せたでしょ。あれに庚午くんがまだ感心してて、どうしても見解をうかがいたいんだって」
「あれはだって、お姉ちゃんたちが密室だ密室だって騒いでただけで、ぜんぜん密室じゃなかった。それに喫茶店は入れないもん校則で」
「保護者同伴だからいいの。それとも庚午くんこっちに連れてきて一緒に教室で話そうか」
「絶対やめて。やめてください。わかったよ、行くよ」
 祀島くんをふり返ると、あるていどは聞えていたようで、私に手を振り、「じゃあまた」
「あら、なんだったら祀島くんもご一緒に」
「いえ、友達と約束があるから」
 学校を出ていく彼を恨めしい気持ちで見送る。きょうこそはと腹を括っていたのに。私は校舍へと引き返しはじめた。
「彩子、どっちに向ってんのよ」
「鞄が教室」
 校舍の玄関で、摩耶とキリエは立ち位置も変えずに待っていた。
「彩子の姉さんって目立つなあ。風景の上に貼りつけてあるみたいだ」
 摩耶が私の手を掴み、「もう。手紙持って帰ってきちゃった」
「まさか巨神兵が現れるなんて」
「最初に渡しちゃえばよかったのに」
「やりとりの流れというものが」
「姉さん、なんだって」キリエの興味は不二子が抱えているであろう事件へと移っている。
「喫茶店で現場の写真見せるって」
「殺人かな」
「たぶん。お姉ちゃん、そういうのの係だから」