VINTAGE MYSTERY SERIES


ソーンダイク、友を救う」
多くの評論家に絶賛された
シリーズ傑作長編登場!

オースティン・フリーマン
武藤崇恵=訳 森英俊=解説


『証拠は眠る』

四六判上製本
312頁
2310
円(税込)

夫の急死で悲しみに暮れる未亡人とその関係者たち。
だが、やがてその中の誰かが夫を毒殺したことが明らかにされる。
未亡人の幼馴染みであるルパートは、
ソーンダイクに真相の解明を依頼するのだが、
やがてそれが考えもしなかった結末へと連なっていった。
誰が、いかにして夫を毒殺したのか。証拠はどこにあるのか。
それも確かな証拠が。
ソーンダイク博士シリーズの傑作長編と話題を呼んだ逸品!


本文から少しだけ


 サー・ロバートは重々しく会釈すると、慣れた様子のよく通る声で証言を始めた。
「今月八日の金曜日、エイモス・モンクハウス師は故人である兄上のかかりつけのディムズデイル医師との協議の相談のために、私を訪ねてきました。翌日の午後に協議することになり、翌九日に私はディムズデイル医師の立ち会いのもと、故人を詳細に診察しました。しかしその症状は非常に首を傾げるものでした。故人はかなり深刻な――私の意見では危篤に近い状態でしたが、その重篤状態を説明する症状も兆候も発見できなかったからです。病名すらわかりませんでした。結局、血管の被膜や分泌物の検体を採取して、病理学者に微生物検査を含む検査を依頼することにしました。その晩にガーネット教授の研究室に検体を持参しましたが、残念なことに教授は留守で、翌日――日曜の夜まで戻らないという話でした。そこで日曜の夜に教授のところに検体を持参し、できる限り早い検査を依頼しました。翌日に、顕微鏡検査の結果は何ら異常はないが、分泌物で培養検査をおこなっているので、その結果は水曜の朝にわかるという報告が届きました。ところが水曜の朝九時半に、夜のうちに兄上が亡くなられたという電報がエイモス・モンクハウス師から届きました。その数分後にガーネット教授の報告書が届き、病変組織は発見できず、微生物が何も発見されないのは非常に珍しいという以外、異常はないという内容でした。
 その報告書の内容と患者が死亡した事実を考え合わせると、にわかに疑念がわき起こりました。通常の微生物が発見されない事実は、異物である化学物質の存在を示唆しています。私は患者の症状を思い起こしましたが、体内に異物が混入している場合の症状と一致することに気づきました。そこでガーネット教授を訪ね、私の疑念を相談してみました。教授も私と同意見で、念のために検体の残りを保管してあったので、さらに詳しい検査を試みました。我々は異物の存在を疑っており、二人ともが異物は砒素ではないかと考えていました。
 教授の研究室には化学検査をおこなう器具が揃っていたので、すぐに検査を始めました。我々がおこなったのはライシュ検査と呼ばれるもので、その結果、分泌物からかなりの砒素が検出されました。そこで残りの検体は封印し、モンクハウス師に私の意見を伝えてから、検死官にすべて報告しました」
 サー・ロバートが説明を終えると検死官が会釈し、最後の言葉を書きとめてからしばらく考えていた。それから陪審員に顔を向け、こう言った。
「質問がないようでしたら、これ以上サー・ロバートをお引き留めする必要はないと思います」
 するとよくいる賢しらなの陪審員が口を挟んだ。
「検体が入れてあった容器は完璧に洗浄してあったんでしょうか? 化学物質が残っていた可能性はありませんか?」
「瓶は」サー・ロバートが答えた。「普通の感覚ではきれいでした。検体を入れる前にきれいな水で洗浄しましたから。しかし、もちろん化学的にも清浄だとは保証できませんが」
「そうなると、その分析結果は法的効力はないのではありませんか? ただの予備検査に過ぎないのでは」
「あなたが提議なさった問題は」検死官が答えた。「極めて妥当な疑問ですが、今はそれを検討すべきではありません。サー・ロバートの検査は、検死審問が必要かどうかを確認するためになされたものです。そしてサー・ロバートは必要だと判断し、こうして我々が審問のために集まったわけです。この審問では、サー・ロバートの検査結果を基に判定するのではなく、検死解剖とその検査結果を基に判定していただくことになります」
 陪審員はその説明で納得したらしく、サー・ロバートは退出を許された。検死官はまたしばらく考えていたが、陪審員にこう告げた。
「次は検死解剖の結果を検証していただくのが一番いいと思います。それを聞いたあとの方が、証人の発言の重要性を判断しやすいでしょうから。ではランドル先生を喚問します」
 今度の証人はいかにも専門家といった風貌で、冷ややかな印象を与える小柄な男だった。ランドル医師はきびきびとした足取りで証人席についた。