VINTAGE MYSTERY SERIES


カーの大仕掛けと怪奇趣味、
そしてクリスティのサスペンス
黄金時代の異端児 初登場!
「密室ミステリの歴史に燦然と輝く、
おそるべき怪作」森英俊

セオドア・ロスコー
横山啓明=訳 森英俊=解説


『死の相続』

四六判上製本
306頁
2520
円(税込)

ハイチに住む実業家が死に、屋敷には七人の相続関係者が集められた。
「私の遺体は丘の上に深く埋め、棺には杭を打ちこむこと。
財産は第一相続人にすべてを譲る。ただし、第一相続人が二十四時間以内に死んだ場合、第二相続人が権利を得る。
第二相続人が二十四時間以内に死んだ場合には第三……」と奇妙な遺言が読み上げられる。
遺言書をなぞるように屋敷では相続人が奇怪な死を迎えていき、
そして最後に残された第七相続人に……。
息詰まるサスペンスと驚天の仕掛けで読者を奈落に突き落とす
黄金時代の異端児による怪作がついに登場!


本文から少しだけ

 猛烈な雨に馬車は波しぶきのなかを突き進んでいるように見えた。しばらくすると、雨はいきなり小降りとなり、真っ暗闇のなかで太鼓の音がいちだんと大きく聞こえた。
「ここです」トゥーセリーネ弁護士は言った。「着きましたよ」
 見上げると天使の姿があった!

 それは馬車の脇に立っていた。頭が靄の上に突き出し、高さは六メートルほどもあろうか。腕組みをして、なにかを考えているように顎を胸につけている。濡れた服がきゃしゃな体をサンダルのあたりまで覆い、羽根は下ろしていた。四角い大きな御影石の上にのった守護天使。エナメル革のようなヤシの木の葉が頭上を覆い、そこから落ちてくる柔らかな雨は、天使の鼻を伝って流れ落ちている。そのせいで大きな悲しげな顔が無気味に見えた。こちらを見下ろす目は、憂鬱そうだ。像の重さは六トンをくだらないだろう。羽根で舞い上がるには重すぎる。御影石の台座の下から突き出したローラーには、手ごろな大きさの滑車と起重機がついており、天使はこれで吊り上げられたのだろう。道端のこんなところに置き去りにされ、天を支配する最高神ジュピターの力とやらも怪しいものだ。
 ピートも天使を見上げた。「ハレルヤ。アンクル・イーライの幽霊じゃないでしょうね」
 われらが弁護士は、いいえと答えた。道路脇の雑草のなかに立って見張っている天使は、アンクル・イーライの亡霊ではなく、ピエール・チュミュレールだという。
「つまり、墓石です、マドモアゼル。数カ月前、ムッシュ・プラウドウッドは大理石を注文なさいまして、石工がこの石像を作り上げました。ムッシュ・プラウドウッドは、その、奇人で通っておりまして。わたしの考えですが、この数年、死の恐怖に取り憑かれていたようです」
「宗教にすがっていたわけじゃないのでしょう?」
「棺桶も注文なさったんです。紫檀の棺桶で、地元の大工に作らせました。物置部屋にしまい込み、ほかの者を入れさせなかったんですよ。聞いた話ですと、よくひとりで棺の脇に腰かけて聖書を読んでいたそうです。たまには、ほかの本も読んでいたようですが。遺言には墓や埋葬に関して、これ以上ないというほど、事細かに指示が記されています。ご自身で埋葬する場所に印をつけられました。屋敷から一キロメートル弱のところにある丘の上で、海を見晴らすことができます。パンヤノキの古木の下で、墓穴の深さは三メートルでなければなりません」
 ピートはぼくにささやいた。「カート、なんだか病的だと思わない?」
 ぼくもちょうどそう思っていたところだ。黒人の老弁護士はひとり思いにふけっている。「墓堀り人夫にはすでに深さを伝えています」
「さて、それで」ぼくは促した。「ここで降りるのかな?」
 トゥーセリーネ弁護士は頷いた。
 ぼくたちは馬車を降りた。水を滴らせる石の天使を見上げながらピートに手を貸し、靴はぬかるみに沈みこんだ。この間、太鼓の音はますます大きくなり、木々のあいだから青白い光が漏れてきたが、彼らの行進が見えるほど明るくはなかった。どこからか排水溝を流れる水の音が聞こえ、空気は湿って木々や生い茂った草の匂いが濃厚に立ちこめている。暗闇の向こうから、カンテラの明かりが見え、やがてひょろっとしたなめし革のような肌をした黒人が姿を現わした。国旗のような縞の入ったコットンのスーツに、形の崩れたソンブレロをかぶり、顎にはヤギのようなひげを生やしている。黒人はハイチ語でなにか言うと、トゥーセリーネ弁護士はカンテラを手に取りながら礼を言った。
「こちらはコーニーリアス。アンクル・イーライの下働きです」
「じゃあ、アンクル・イーライを殺した犯人ではないわね」ピートはぼくを肘でつつき、笑えない冗談を言った。「お芝居で見る推理ドラマでは、召し使いは絶対に犯人ではないもの」
 ふと気づいたのだが、この出来事が、推理ドラマ同様、退屈なものであって欲しいとぼくは期待していた。木々の濃厚な香りを鼻に感じ、石造りの天使に頭上からのしかかられ、まるで真夜中の墓地に降り立ったような気分だった。われらが弁護士先生は、時計に目を向けた。「さあ、もうすぐ十二時です。どうぞこちらへ」
 幹が苔で覆われた木々のあいだを縫う水びたしの道を、ぼくたちは一列になって登っていった。両側には背の高い湿ったシダの茂みが続く。ヤギひげのコーニーリアスは、泥だらけの馬を引っ張りながら、列の一番後ろを歩いている。