M  Y  S  T  E  R  Y    L  E  A  G  U  E


ビール・ジョッキを振り回す、
丸い赤ら顔に山賊髭、
黒いリボンにメガネを引っかけ た
名探偵フェル……ならぬ増加博士の大活躍!

二階堂黎人

『増加博士と目減卿』

四六判上製本
290頁
1680
円(税込)

厳重に施錠された核シェルターでは 停電≠ニともに殺人が起き、
足跡のない砂浜では 目張りされた自動車の中で他殺体、
そして誰も入れない古城の尖塔で 伝説をなぞるような殺人事件……
「三つの棺」ならぬ三つの不可能犯罪に
名探偵増加博士がビール片手に挑む!
ライヴァル*レ減卿も初登場!


本文から少しだけ

 ドス、ドス、ドス、ドス!
 真梨央がそう言った時、本館の方から地響きを上げて足早に近づいてくる誰かの気配があった。そのやたらに重たい二人分の足音から、増加博士と目減卿であることが推測できた。彼らがこれほど急いで足を動かすなど、アフリカ象がスキップするくらいに珍しい出来事だ。
 私たちは、渡り廊下の方へ戻り、彼らと合流した。
「いったい、何があったのかね、加々美君?」
 と、喉をゼイゼイ鳴らしながら息をし、増加博士が苦しげな声で尋ねた。激しい運動は、彼の巨体を痛めつけるだけだ。
 同じように顔を赤くした目減卿は、何度も深呼吸しながら、
「榊原助教授が殺されたというのは、本当かね!」
 と、思いっきり不機嫌な声で尋ねた。
 私は、ここで起きた出来事を大雑把に話した。そして、塔の裏側にある死体の元まで、二人を案内した。彼らは、変わり果てた榊原の様子を丹念に観察した。
「――君の検死所見は正しいようだぞ、加々美君」
 と、死体をじっと見つめたまま、増加博士が言った。
「死体というものは、雄弁に語るものだが」と、目減卿が目をギラギラさせながら、重たい口を開いた。「この死体は、いったい何を、乃公たちに教えてくれることやら――」
 橙色のランプの光に照らされて、死体の顔にできた影がユラユラと揺れる。そのため、表情に微妙な変化が出て、彼がまだ生きているかのような錯覚を覚えた。
「拳銃で額を撃ち抜かれ……ほぼ即死で……そうでないとしても、あの高さから落下したのではひとたまりもなかっただろう……後頭部が、床に落としたメロンのように潰れておるわい」
 と、増加博士は苦労して上を向き、呟いた。
「銃創部などに火薬の焦げた後はないから、それほど至近距離から撃たれたわけではなさそうだ。被害者は窓辺に立っていて、入り口から入ってきた犯人にいきなり撃たれたのだろうな。その結果、体のバランスを崩し、窓から外へ放り出されたわけだ」
 と、腕組みした目減卿が分析する。
「しかし、問題はその後ですよ」と、真梨央が指摘した。「犯人はどうやって、扉に閂を掛けて部屋から脱出したのか。それから、何故、そんな工作をしたのか――密室殺人特有の謎があります」
「塔の上の部屋で起きた密室殺人か――」と、増加博士がもう一度、苔むした壁に沿って塔を見上げ、嫌々そうに言った。「わしのような肥満した人間には一番辛い殺人現場じゃな。現場を見たいと思っても、階段を昇る途中で心臓発作でも起こしかねん。これぞ、作者の登場人物虐めと言わず何と言おう!」
「まったくだ!」と、目減卿も拳を振り回して憤慨する。「二階堂黎人とかいう奴は、馬面政治家ぐらいにいまいましい奴だ!」
 増加博士は杖の先で死体を指し示し、私の方を見た。
「加々美君。すまないが、死体を少しだけ横向きにしてくれ。本来なら、警察の鑑識に任せるべき仕事だが、ここはロンドンの中心街じゃない。いつになったら刑事たちが来るか解らんからな。わしらの方で知っておくべきことは知っておく必要がある」
「はい――」
 実を言うと、私は、かつての友人の死体に触るのは気が引けた。気持ちが悪かったからだ。しかし、探偵の巨匠の頼みを断ることはできない。意を決して死体の横に跪き、体の下に手を入れた。
「――ああ、それでいい」
 死体を四十五度ほどに傾けると、増加博士はすぐに制止した。そして、真梨央にランプの光を近づけるよう命じた。
「幸いにも、銃弾は後頭部を突き抜けてはおらん。後で取り出して調べることができる――ふむ。落下の衝撃による骨折のようなものを除けば、傷は額にあるものだけのようだな――おや、待てよ、その右手はどうしたのかな」
 私は、死体をそっと元のとおりに戻した。巨体を窮屈に折り曲げているガルガンチュアは、杖の先で、榊原助教授の左腕の手首のあたりを示した。
「何ですか」
 真梨央が言うと、答えたのは、目減卿だった。
「背広の袖の部分が破れているのさ。これは手がかりになるかもしれんぞ」
 本当だった。衣服が何かに引っかかり、小さく引き裂かれている。鉤裂きは二センチほどの長さがあった。
「そう言えば、グリーン執事はどうしましたか」
 と、本館の方を見やって真梨央が尋ねると、 「あの老人は、村の駐在を呼びに行った。戻ってくるまで小一時間はかかるだろうな」
 増加博士は腰を伸して、それから、二本の杖に寄りかかった。